『方丈記』鴨長明

鴨長明『方丈記』を読み直した。文庫なら一時間ほどで終わる短い本だが、 八百年残った文章というのはやはり、読むたびに違う顔をして見える。

有名なのは冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」 の一文で、無常観の代表例として教科書にも載る。けれど本文の実体は、 おおかたが十二世紀末から十三世紀初頭にかけての京都で起きた 災害の記録だ。大火、竜巻、飢饉、地震、遷都。長明は被災の具体を、 少し離れた目撃者の距離感で書きとめている。

災害記録としての側面

現代の読者として驚くのは、その描写の即物性だ。家屋の倒壊、 路上の死者数、食料の値段。感傷的にならずただ残している。 無常というテーマは結果としてそこから立ち上がってくるのであって、 長明がはじめから結論を置いて書いた、という感じがしない。

後半、長明は都を離れて日野山の庵に移る。方丈 — 一丈四方 — というタイトルどおりの、組み立て直しが効く小さな小屋。 書いている本人は何も持たないことの身軽さを語っているのだが、 そう書かれた原稿自体が八百年ぶん運ばれてここまで来たのは 少し皮肉でもある。

このブログとの関係

読み直したくなったのは、たぶんこのブログを始めたからだ。 百年後に届くかもしれない文章を書きたい、と思ったところで、 その百年に耐えた文章がすでに手の届く距離にあって、 しかも長明自身はそれを狙って書いたわけではなかった。 残ったものだけが残る、ということでしかない。作為ではどうにもならない。

それでも、器だけは用意しておく。中身はあとからついてくる、と思いたい。